みならい,智頭急行初乗り(?)の旅

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「鉄道の日記念 西日本一日乗り放題きっぷ」についてはまっくいんの「温泉に入ろう!日帰りの旅」を見ていただくことにいたしまして,とにかく,私の手元には諸般の事情によりこのきっぷが2枚あったのです。諸般の事情を説明すると長くなるし,本題には関係ないので省略しますが,使用期限が10月20日までで,カレンダーを見ると行ける日は19日と20日に自動的に決まった,という状況だったのです。

1999年10月19日火曜日。実を言うと,最新の時刻表は持っておらず,乗り継ぐ列車の時間を紙にメモしただけの状態でありまして,それも「これは行くぞ!」とはっきり決めていた《橋を渡ろう》の方の検討は済んでいたものの,もう一方はまだ詰めが甘い。もちろん,今日は橋を渡って,明日もう一方を実行しようと思っていたのであります。

ところが,朝天気予報を見たら橋の近辺は今日は雨,明日は晴れの予報。もう一方は今日は晴れ,明日は雨の予報。突如本日の目的地が変わったというわけでございまして,この準備の甘さがどう響いてくるかが見どころ(笑)なのでございます。


家から大阪駅まではいつもの道のり。そして 7:47 の新快速に乗り,姫路から岡山方面備中高梁行に乗り換えるというのはうどんを食べるぞ!日帰りの旅と同じ。姫路から先の列車の本数はかなり少ないので,このあたりはこの列車を外すとどうしようもない,という感がある。うどんの旅では岡山まで行ったけれど,今回は兵庫県と岡山県の県境の手前,上郡駅で下車した。

今日の目的は,兵庫県の上郡町から途中岡山県大原町あたりをかすめて鳥取県智頭町までの智頭急行に乗ること。智頭急行は建設半ばで国鉄が見離した路線を自治体が中心の第3セクターで開通させた鉄道なので,もちろんJR西日本乗り放題きっぷでは乗れない。しかし,アプローチが長いから充分乗り放題きっぷのモトはとれるのだ。

駅前を散策して智頭急行の乗り場へ。JRの改札口・ホームとはキチンと分離されており,1両のディーゼルカーが止まっていた。窓口できっぷを買って乗り込むと,どこにでもあるようなローカル線の雰囲気であった。が,9:55 に発車すると山陽本線を高架で乗り越えてトンネルへ。高架橋とトンネルの連続で,いかにも建設費がかかっていそうな路線である。

この路線はもともと,大阪と鳥取を結ぶ幹線として計画された。現在は京都から鳥取・倉吉へ特急「スーパーはくと」が6往復,岡山から鳥取・倉吉へ特急「いなば」が3往復している。特急の停まる駅は5〜6両分ホームがあるが,それ以外の駅は2両分くらいしかない。私が降りたのもそんな小さな駅の一つ,その名も石井駅である。(なぜかわからない方は「みならいはこんなひと。」を読んでください)時は 10:27。

降りたはいいが,無人駅で,きっぷはワンマン運転士に回収されてしまった。次の列車に乗ったら整理券をとって運賃箱に運賃を入れることになるから,手元に石井駅に来た証拠が残らないではないか。

駅の前には2車線の道路がある。それだけ。駅に公衆電話があったので,電話帳を広げてみる。駅の所在地は兵庫県佐用郡佐用町下石井で,石井郵便局が上石井にある。上・下というのは川の上流・下流という意味だろうから,川の上流の方に行けばいいはずだ。そちらの方を眺めたら,少し先に集落が見えている。そこが上石井に違いない,というわけで散歩が始まった。

しかし,この道は思ったより歩きにくい。大型トラック・観光バス・ダンプカーなどが頻繁に通るのである。あとで地図を調べてわかったことだが,この道は中国自動車道佐用インターチェンジから鳥取へ向かう国道373号線で,車で鳥取へ行くメインルートなのであった。それでも都会ほど交通量は多くないので,車の多くは対向車線にはみ出して歩いている私を避けてくれる。そんな中を10分ほど歩いて先ほど見えていた集落に到着。がしかーし。

それは,下石井の集落であった。

そう,石井駅は下石井のまだ下流側の外れにあったのである。そして,なぜか突如現れたバス停。姫路行・鳥取行のバスの時刻が2つずつ記してある。姫路〜鳥取を走るバスがあるらしい。高速バスの多くは途中停まらないから,かなり珍しい路線ではある。

ここまで来たら上石井まで歩こうと思う。半分意地になっていることは間違いない。道は登りになり,道路工事の横を通ったりしながら歩く。歩き始めてから30分,やっと目前にマークが現れる。

石井へ来たという証拠を残したみならい,さてどうしよう。現在11時過ぎ。乗ろうと思っていた列車は石井駅 11:16 発。どー考えても乗れないことは間違いない。その次の列車は 13:01 だし,その先の接続が悪いのだ。

じゃ,上石井まで行かずに駅に戻れよ。と言われそうだなぁ。

それはそうと,お腹が空いてきた。局員さんの話によると,この先に温泉があって食事もできるらしい。さらに5分ほど歩いて,看板に従って集落に入る。

そこにあったのは石井小学校。いや違う。石井小学校跡。明治8年4月に開校した由緒正しい小学校も過疎化には勝てず,平成6年3月にその長い歴史に幕を下ろしたとのこと。横に停まっていたスクールバスで町の中心部の小学校まで送迎するのだろう。そして,小学校跡の一角に地域の方々のための共同浴場のような建物があった。詳しい看板などは出ていないから詳細は不明だけれど,あんまり「温泉」と呼ぶにはふさわしくないということと,カギがかかっていて食事なんか夢のまた夢だったということは間違いない。

周りを見渡すと,無人の売店にピーマンが10個袋に入って,100円で売っていた。おいしそうだったのでうちで食べようと買ったけれど,さすがにそれを昼食にするわけにはいかない。集落の外れに喫茶店が1軒あったけれど,閉まっていた。道はこの先兵庫県から岡山県へと県境越えをするので,これ以上歩くのは大変そうだ。

里山,と呼ぶのが適当そうな道端に腰を下ろし,しばらくぼーっとする。12時を過ぎると,先ほどの喫茶店も開店したようで,地元の方々に交じって焼きうどんの昼食とする。

13時を過ぎ,集落の前にあるバス停の脇に佇む。13:08 発と書いてある鳥取行きのバスに乗るつもりである。

時間になってもバスは来ない。バスというのは鉄道ほどは正確でない交通機関と心得ているつもりだけれど,こんなところでぽつんとバスを待っていると今日は来ないんじゃないだろうか,もう行ってしまったんじゃないだろうかと不安が増幅してくる。

果たして,5分遅れでバスは現れた。観光バスと同じ車体だけど前に誇らしげに

高速 鳥取

と記してある。手を振るとウインカーを出して,停まってくれた。

乗り込んだバスには先客が2人。50人以上乗れる観光仕様の車(もちろん座席はリクライニングするし,シートベルトだって付いている)にたった2人。はっきり言って淋しい。しかし,バスは快適で速い。あっという間に県境を越え,岡山県に入って大原町で休憩。そういえば,岡山県英田郡大原町と我が寝屋川市は姉妹都市提携を結んでいたような。5分ほど休んでまた順調に走りだし,粟倉温泉で2人を下ろす。運転士さんとの会話から,この2人は始発の姫路から乗ってきたようだ。

ついに乗客は1人。バスは高速道路,じゃなくて全線開通の暁には高速道路になる予定の無料の国道を突っ走っていた。しかし,智頭急行の終点の智頭を過ぎると道幅は狭くなり,交通量が増えてついには渋滞で止まってしまった。

運転士さんとしばらく話をする。問われるままに大阪から来た,きままに石井駅で降りて,上石井から乗ったとか話をすると彼は面白がり,それじゃあ鳥取から広島まで高速バスが出ているから,それに乗って広島焼でも食べればいいじゃないかと提案してくれた。鳥取駅前 14:38 着,1時間半のバス代は1650円だった。


でも,広島行き高速バスなんかに乗ったら乗り放題きっぷのモトがとれない。泊まる用意もしてきていないし,今日は予定どおり家に帰ろう。とりあえず,目の前にあった鳥取中央郵便局で貯金をし,風景印を押してもらう。そうすると局員さんが「鳥取市内郵便局マップ」なるものをくれた。

せっかくなので貯金窓口が閉まるまであと1時間ほど,このマップを片手に鳥取市内をさまようことにする。まず山陰線の下り列車で2駅,鳥取大学前駅へ。そこから湖山郵便局,賀露南簡易郵便局,鳥取湖山北郵便局と3局訪問して,湖山駅 16:20 発の鳥取行きに乗る。あとは帰るのみで,鳥取駅で3分接続の浜坂行,1分接続で豊岡行,2分接続で福知山行きと接続がよすぎて,福知山 19:40 着。

福知山線の大阪行きは 20:11 なのでこの30分の間に夕食を調達したいのだが,駅前をざっと見渡してもコンビニなどは発見できず,あまり好きではないが他に選択肢がないときにしばしばお世話になるマクドナルドでテイクアウトして,うとうとしながら大阪駅 22:25 着。家に着いたら 23:30 ごろ。明日も朝は早いのでとっとと寝た。


というわけで,智頭急行初乗りの旅は上郡〜石井間 27.1km には乗ったものの,石井〜智頭間 29.0km には乗らずに帰ってきたのでございました。なんだ,半分も乗ってないやん。


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