1999年8月31日火曜日。手持ちの青春18きっぷはあと1回分だし,明日から仕事だからどう考えても今日中に帰るしかない。たった一両のディーゼルカーで南小谷まで川を遡れば,あとは松本行の普通(新車の可能性が高い),中津川行の電車(新車らしい),名古屋行の快速,米原行の快速,それから新快速を乗り継げば大阪駅に 18:44 着。大糸線や,中央本線塩尻〜中津川間の普通列車は本数が少ないので,ほとんど選択肢がないのである。
しかし,この乗り継ぎには最大の欠点がある。
そう,この予定を立てた段階では「駅前に平岩簡易局がある」ということは計算に入っていなかった。郵便局は9時からだけど,せっかく目の前にある〒マークを見捨てて帰るというのはもったいない。しかし,この列車に乗らなければ次は 11:18 発で,一応家まで帰ることはできるものの接続がよろしくない。正確にいえば,変に接続がよいので食料調達が困難なうえ,塩尻〜中津川間2時間立ちっぱなしのおそれがある。
私は誘惑に負けることにした。平岩にずっといるのもおもしろくないので,平岩 8:53 発の列車は南小谷まで行って 9:55 に平岩に戻ってくるからそれに乗ることにした。といっても,平岩の次は北小谷,その次は中土,その次が南小谷。一方,手元の資料を見ると,長野県北安曇郡小谷村には南小谷,中土,北小谷,中小谷という4つの郵便局があるという。理論上は,どの駅で降りても近くに郵便局があることになる。
平岩を発車した列車は姫川を遡る。10分ほど喘ぎ喘ぎ登って,北小谷駅に到着。回りをパッと見渡したところ,郵便局らしいものが目に入らなかったので降りないことにした。となれば,終点の南小谷まで行ってしまうと折り返し時間が短いので,次の中土で降りることが決定した。
また8分ほど喘ぎ喘ぎ登って,中土駅に到着。駅の近くに小さな集落はあるのだが,残念ながら中土郵便局はこの集落にはないようだった。深追いをする時間はなかったので,30分ほどそのあたりを散策して,9:41 発の糸魚川行きで平岩に戻る。
駅前の平岩簡易郵便局には貯金用のはんこが「北アルプス登山口 平岩簡易郵便局」「姫川温泉・白馬温泉 平岩簡易郵便局」「新潟県 平岩簡易郵便局」と3種類置いてあった。ありがたやありがたや。風景印はないが,ふつうの消印をハガキに押してもらった。
局員のおばさんとしばらく話をする。長野県側から下ってくる人が多い,とのこと。ただし,車かバイクの人が多く,鉄道利用というのは少ないのだそうだ。隣の北小谷郵便局には「信州最北端 北小谷郵便局」というはんこが用意してあり,対抗して(?)3種類作ったのだそうだ。
これを聞いて,無性に北小谷郵便局に行きたくなった。が,となりの駅とはいえ,ディーゼルカーで10分,距離にすれば 6.5 キロほどあるので,おいそれと歩くわけにはいかない。国道まで出てヒッチハイクをする人もいるらしいが,さすがにそれは遠慮したい。かといって,次の 11:18 の列車に乗って北小谷で降りたりすれば,あとの行程はガタガタになる。途中どこかで特急を使わないと家に帰れない……
とりあえず,国道まで行ってみた。国道は平岩の集落よりはるかに高いところに真新しいトンネルを掘って通過していた。国道と集落への道の分岐点まで行ってみたら,かなり通行量は多かった。確かにヒッチハイクをすれば応じてくれる車があるかもしれない。不思議なことに,この国道は
しばらく考えてわかった。お客は信濃大町から立山・黒部アルペンルートを越えて富山に行くのだ。バスは北アルプスの山を越えることができないので,姫川に沿って糸魚川まで下り,日本海沿いに富山へ行くのである。
なぜこんなことを思い付いたかって?
それは,私が中学校の修学旅行でたどったコースだからですよぉ。
それに,まだまだ復旧工事の途中で,工事用のトラックだとかダンプカーなんかもたくさん走っていた。
私は南小谷行きに乗って 11:29 の北小谷で降りた。そして,親切な平岩簡易局のおばさんに聞いた通りの道順を急ぎ足で歩いた。駅を出たら左に行って,姫川を渡って右に曲がり,下流の方へ。私が急いで片道10分かかったのだが(姫川の橋ではトラックが来たら立ち止まって欄干に張り付かないと轢かれそうだし)確かにそこに北小谷郵便局があった。列車が駅に停まったとき見渡しても見つからないわけだ。
急いで貯金をし,急いでハガキを書いて風景印を押してもらう。なぜこんなにあわてているかといえば,さっきの南小谷行きが 11:59 に糸魚川行きとして引き返して来るから,それに乗らないといけない。さきほど平岩滞在中に時刻表を繰って検討した結果,糸魚川に戻って日本海沿いに北陸本線をたどれば帰れることに気付いたのだ。ただし,この乗り継ぎは大糸線〜中央線の乗り継ぎに比べて単調だと思うけれど,それと北小谷郵便局を秤にかけた私って……
話を戻そう。駅から郵便局まで片道10分,列車が到着してから発車するまでが30分ということは,単純計算によって郵便局の滞在は10分以下でなければならないことがわかる。ゆったりしていると10分くらいすぐ経ってしまい,今度こそシャレにならない事態になるから急いでいるわけである。ちなみに,この郵便局には近辺の郵便局の風景印をまとめた台紙が飾ってあった。うらやましいけれど,車がなければ全部を集めるのは無理だろうな。
ちょうど10分くらいで北小谷郵便局を辞し,細い割に車の多い道を駅まで戻る。そういえば,平岩のあたりは歩く人なんてほとんどいないのに,歩道まできれいに整備されていたけれど,このあたりは実情にあわせて(?)人の歩くことなど考えていない道である。ここを観光バスは走る,復旧工事のダンプも走る。その横を時計を見ながら私が歩く。
ちゃんと間に合い,先ほどの列車の折り返しで糸魚川へ下る。また平岩駅を過ぎ,12:36 に糸魚川駅に到着。急いで昼食をとり,おやつを買い込んで 13:13発の富山行きに乗る。富山ではわずか7分で福井行きに接続。車内で,ハガキを1枚出し忘れていたことに気付き,福井駅 16:51 着 17:10 発で福井中央郵便局まで往復するという暴挙に出る。なんとかスイセンなどの絵の風景印を入手。小走りに駅までもどると,まだちゃんとホームに敦賀行きが停まっていた。
が,発車時刻になっても発車しない。この19分の間に2本の特急列車が先に発車するはずだったのだが,踏切事故とかなんとかでまだ来ていない。結局11分遅れで発車。この列車がよりにもよって419系という,もともと寝台特急用だったものを普通列車用に格下げした車両だったのでさあ大変。ちょうど17時過ぎだから定時退社の方々で車内は混雑。けれどもドアは1両に2個所,しかも折戸で幅が狭い。乗り降りに時間がかかるから敦賀に到着したときは15分遅れ。
さて,この車両がそのまま 18:42 発の長浜行きになるというけれど,いったんホームから引き上げて,別のホームに据え付けるらしいのでいったん改札を出る。が,敦賀駅の周辺には時間をつぶせるところがあまりないのでホームに戻った。がしかーし。
さっきの列車が着いた3番線のホームに上がって(ここまででも普通の駅より遠いくらい),その長い長いホームのはじっこが欠いてあってそこが5番線。改札口から200メートルだったか,300メートルだったか。
3番線に特急がやってきて発車していった。3分程度の遅れ。その後を追って長浜行きも3分の遅れで発車したけれど,次の新疋田までに遅れを回復する恐ろしさ。長浜 19:29 着。もうここまで来れば帰ってきたも同然。
さて,まだ夕食をとっていない。長浜にはおいしい親子丼を出す店があるので行ってみよう……
ここのところ,夕方来れば閉まっているし,昼間来れば行列ができている。もうお気に入りの店リストから消去しようかなぁ。ちなみに初めてこの店に来たのは,長浜が今ほど観光地と化する前で,言っちゃあ悪いけど,店もあんまりきれいではなかった。けれど,親子丼はめちゃくちゃおいしかった。
それから数年,長浜は「黒壁の街」を売りに観光地となり,この店も黒壁の蔵のような外観になったのだが,それ以来この店の前まで来ること確か5度,一度も中に入ったことはない。
仕方がないので,閉店まぎわのスーパー平和堂に入り,お買い得品を買い漁って夕食とする。松茸ご飯に鶏の照り焼きになんやらかんやら。ほとんどが半額の品だったので満腹になって600円ほどという……
半額でなかったのは飲み物だけ,という説もある。
20:26 の新快速に乗る。あと,寝屋川までたどり着く手段は京都から近鉄に乗って丹波橋から京阪/京都から奈良線で東福寺に出て京阪/大阪環状線で京橋まで出て京阪,くらいしかない。どれでもいいや,と思っていたとき京都に止まって発車。というわけで,前2つの選択肢が消える。けれど「次は高槻」というアナウンスで気が変わって,21:43 の高槻で降りる。
高槻から京阪枚方市駅へのバスはよく利用するのだけど,昼間は「1系統(直)JR高槻〜京阪枚方市」というバスが1時間に2本,「1系統 阪急高槻〜京阪枚方市」のバスが1時間に6本出ている。ところが,夜遅くなると「1A系統JR高槻〜市役所前〜阪急高槻〜京阪枚方市」というバスが現れるから,それに乗ってやろう,というのである。
次のバスまで20分ほど時間があったけど,もう人が並んでいる。ほとんど通勤帰りの人だけど。大きなかばんが邪魔にならないように座って,昼間はいつも車でいっぱいの道を快適に走る。枚方市駅からはいつもの緑色の電車に乗って,無事 22:49 に寝屋川市駅に到着しましたとさ。
放浪記 1999 葉月,これにて完。
……と言いたいところだけど,この日は次の日のバイトの準備で寝たのが午前4時とかいう説もある。
今度こそ本当におしまい。